七月の半ばにツアーが終わり、そこから八月が終わるまでのおよそ一か月半の間、俺は本当に、これはもう本当に、生産的なことを何ひとつしなかった。レーベルから曲を書けとかせめて絵を描けとかしつこく言われているのを無視して大音量でどうぶつの森のBGMを流しながらソファに寝転んでいるとちょっと気難しいサイか何かになった気分になるのでおすすめだ。ちなみにこれと同じくらいの期間、各種SNSも鍵垢にしてみたり更新をほとんどストップしてみている。これは連日巻き起こる誰かの炎上や誹謗中傷の津波に嫌気がさしたということもあるが、俺はもともと人前に出るのがあまり好きでも上手でもないんだよなあと改めて気づいてしまったりもしている由。しかし上手ではないのに生来悪目立ちする性分なのか、昔から俺に直接的な責任のない事件がいつの間にか俺のせいになっていたり、まぁ俺もちったあ悪いにせよ話のサイズが四千倍くらいに膨れ上がったりしていることがままある半生であったことだ。先日も関西のとある店で飲んでいたら初対面の音楽業界の人間に「ヤマトくんって某レーベルの社長ボコボコにしたって聞いてたからどんな悪人かと思ってたけど意外と優しいね」と根も葉も種も花粉もない話をされて目を白黒させたりした。そういえばかつて通っていた小学校の中庭の池を泳いでいた鯉たちがある朝みんな腹を上にして死んでいた時だって、証拠もないのに何故か真っ先に俺のせいにされて深く傷ついた。まあ確かに鯉が死んだのは俺が興味本位で床掃除用の洗剤を池に撒いたせいだったとはいえ証拠もないうちから誰か一人を吊し上げにかかるのは如何なものかと思ったし、同じく中庭の若木が一本、何者かの手によって斬り倒された時も何故か俺が校長室に直行させられ、これに関しては俺がやったとかやってないとか以前にこの星の木を斬り森を焼いているのは我々人類全員の業だろうがと思ったりもした。確かに毎日すべての休み時間をコツコツ使ってあの木を斬り倒したのは俺だったが言ってしまえばこの学校にある机も椅子も紙もエンピツも全部誰かが斬り倒した木で出来てるんだからな。俺に斬るなというならこれから先、お前らだって一本も木を斬らずに生きてみるがいい。どうぶつたちの森を返せ。俺は深い哀しみをたたえた伝説のサイとして森の仲間たちを引き連れ、人類に復讐するつもりだ────まあそんな話はともかく、何かにつけて誤解されることの多い性分なのだが、20代の頃なぞは「ロックバンドってのは噂されるのが仕事なんだよ!」などとうそぶきながらそんな悪評や憶測の嵐の中にあえて飛び込んで行ったりもしたものだし、会ったこともない人に最初から嫌われてたりするのは勘弁してほしいなあと思うものの謂れもないのに良い方向に誤解されていたりすることだってそれと同じくらいあるのだろうと合点はしており、自分に都合のいい解釈だけを他人に押し付けるほど不遜な人間にはならないつもりで生きている。結局、人は自分に都合のいいようにしか世界を見ないのだとしたら、あるいは、眠れぬ夜にパンクロックに自己を投影する男子中学生のごとく、果たしてどんな角度から世界を見ようとも結局人はそこに自分自身の姿しか見ることが出来ないのだとしたら────そうしたこの世界にかかるありとあらゆる係数のことをこそ、自由とか多様性と呼んでいくしかないのだろうなあと思ったりもする。窓を開けると街には夏の終わりの風が吹いている。俺はこの一か月以上、本当に何もしなかったが、そんな体たらくであっただけにせめて日記くらいは書き残しておきたいと思う。別におもしろくはないので余程の好事家以外には回れ右をおすすめするが、そういやブラウザバックの矢印って左向きだよなあ。回れ左とでも言うべきか。じゃあ回れ左。
・8/11(火祝・山の日)/フト初期衝動@松本club INNERSIDE
ツアーの休息と製作期間のためにバンドは丸ごと休みになっていたわけだが、俺みたいな曲の書き方をするタイプの人間は外に出かけて何かを見つけてこないと商売にならないので八月中に三本ほどソロの誘いがあったのは幸いだった。この日は長野県は松本市、カーリーレコードの周年イベントで弾き語り。りんご音楽祭を主宰しているDJ sleeper氏と東京のスナックではしゃいでいる時に直接誘われてふたつ返事で承諾したもの。仕事というよりはただ好きな場所に遊びに行く感覚でありスタッフも誰ひとりついてこないので気を抜きすぎて全席指定のあずさの予約もしておらず、まあ乗れるっしょ、くらいの軽い気持ちで昼の新宿駅に行ったら隙間なく全席びっしりと満席で困った。かねてよりの不眠症がひどい時期でもあり────というより日ごろ朝10時くらいに寝る生活をしているので昼帯に動く日は単純に生活リズムが真逆になるということでもあるが────遅刻するくらいなら寝ずに家を出てあずさで少しでも寝ようという浅はかな計画は総崩れとなった。ともあれ仕方ないので乗車券だけを買ってギターを抱きかかえたままデッキに座り込み、イヤホンでフランク・シナトラ版の“Try A Little Tenderness”を再生しつつ全員俺に優しくしろと泣いていると後から乗り込んできた白人の青年も俺にならって隣の床に座り込んでくる。他に日本人も何人かデッキに乗り込んできたが床に座るような無作法をする者は俺と彼の二人だけだった。壁やギターに寄りかかってなんとか目を閉じてみるが乗車環境の悪さと生来の恋する女学生のごとき寝つきの悪さが災いしてどうにも眠れない。外国人の彼はいつの間にか通路に長い足を投げ出してすやすやと眠っていた。我々日本人が旅行中に異国の電車の中であんな堂々とした振舞いが出来る気はしない。彼と同じく床に座り込んではいるものの、身体は通行の邪魔にならぬよう小さく屈んでいるせいでどうにも眠れずにいる、中途半端で宙吊りな自分がおかしかった。甲府あたりを過ぎてくるとぽつぽつ降りる人も出てきて、車内で空いた席を買いなおすこともできたのだが、いつの間にか無性にこの隅っこの床を気に入ってしまっている自分もいて、俺って一生売れなそうだなあ、と笑えてきたりもする。なんとか終点の松本駅で降りるとひとりの女性に声をかけられる。聞けば今日のイベントに来場する方だそう。写真か何か撮ったような気がするが眠気で記憶がない。主催側に宿を準備してもらっていたのだが、駅から歩いてすぐの会場に入り、簡単なリハをして酒を飲み始めたらやたら元気になってきてしまい、結局次の朝まで散々飲んで始発のあずさで帰ったので宿泊はしなかった。自分の演奏のことや愉快な共演者たちのこと、はたまた終演後の深夜に会場近くの居酒屋で地元のチンピラに因縁をつけられてPayPayで二万円カツアゲされたことなど他にも書けることはいくつもあるのだがラジオやなんかで散々喋ったので割愛しておく。あれもこれもとダラダラ書いていては飽きて途中で筆を折りかねない。「ブログは拙速を聞くも、未だ巧久を睹ざるなり」とは孫子の言葉である。帰りはグリーン車を取って死んだように寝た。楽しかったがひらすらねむい。
・8/19(水)/FM802弾き語り部@心斎橋JANUS
大阪のラジオ局FM802の企画。この日もやはり一睡もせぬままスタッフのショウタロウと共に昼の新幹線へ乗り込んだ。今度はちゃんと指定席を取っていたのだが俺のすぐ後ろの席のオバハンが自分の足元、つまり俺の席の背中にあたる部分にデカいキャリーバッグを置いているせいで背もたれをまったく倒すことができない。文句を言ってもよかったのだが腹立つ対応をされたらそのイライラで眠れなくなりそうだったので我慢する。名古屋で降りろ!と念じたが大阪のオバハンだった。南無三。新大阪で御堂筋線に乗り換え席に座っていると隣に座ってきた真夏なのにマスクをしている不穏なオバハンに肩を叩かれ「お兄さん、混んでる時は足を組んで座らない方がいいですよぉ~?」とやたら腹立つトーンで言われる。平日の昼だし全然混んでねえだろうが。関西のオバハンってやつはどうしてこんなに自分を生きているのだろうと時々羨ましくなることがある。いや、関西とか関係なく、オバハンというのはこの時代、この国においてある意味無敵の存在なのかもしれない。オバハンを正面切って叱り、裁ける人種はもはやどこにもいない。もしそんな存在がこの世にいるとしたら、それは神だ。そして神はこの世にいない。いたらこんな仕打ちはおかしい。タクシーに乗ればよかったと後悔しながら会場に入り、共演のw.o.d.サイトウとリハから楽屋のビールを飲み始める。ホームタウンということもあってか、MCが尋常じゃないくらいウケた。それはもう、こんなにウケたら多分曲ぜんぜん耳に入ってないだろうなというくらいウケた。まあそれはそれで一向に構わない。人はどうせ自分の見たいようにしか人を見ないのだし、俺は近所の変わったオッサン、くらいの立ち位置で居続けることが生涯のテーマだ。できればオバハンになりたいところだがこれはもう諦めるしかない。日本には「乙な酒場だね」なんて褒め言葉があるが、これは甲乙丙の乙、つまり何事も二番目あたりを尊ぶという我が国の歴史に涵養された高度な文化体系の賜物であって、そういう意味でもやはり最強のオバハンよりは二番手のオッサンでいるくらいがよろしい。サイトウは自分のステージで俺の“奇跡”をカバーしていた。楽屋ではコード複雑すぎんねんだのキー高すぎんねんだのと散々愚痴っていたが良いカバーだったと思う。皆、どんどん俺の曲をカバーしてくれ。俺は他人の二次使用料だけで生きていきたいんや。ていうか、勝ちたいんや!(星野仙一)。イベントの最後にはこの日出演していたafoc佐々木さん、俺、サイトウ、enfants松本氏で合唱曲の“旅立ちの日に”を歌ったりした。やるまでは、なぜ?と思っていたが実際歌ってみるとめちゃ楽しかったので何事も肝要なのは常にチャレンジする姿勢そのものであることだ。終演後は佐々木さんとサイトウとでやいのやいのと朝6時頃まで酒を飲んだ。結果起き上がれず14時まで自費でホテルのチェックアウトを延長する。一体何をしているやらわからない。まあいい。正体のまるきりわかっているようなものが面白かった試しはない。いつか死ぬときは松田優作のようになんじゃこりゃあ~!と叫びながら射殺されるのが夢である。何者の理解にも追いつかれたくない。この星の自転より早く走る必要がある。
・8/29(土)/Komaba Independence Days@東大駒場キャンパス
東京大学構内で行われる学生主体の音楽イベントにゲストで呼んでもらった。一般来客も歓迎しているとは聞いていたが正門でPKのTシャツを着た青年に一昔前の仁侠映画よろしく大声で「お疲れ様です!」と深々とお辞儀をされながら入構。まあ例によって一睡もせず来たので確かにお疲れではあるが恥ずかしいからやめろと思いつつ軽く手をあげて「ご苦労……」とかちょっとノってしまう俺も情けない。土曜日だったが構内には練習中の体育会系の学生たちがちらほら。小雨が降ってはいたものの青春の汗に濡れる若人にはよしなきことか。そもそもこのイベントはラジオにメールをくれたりインストアのサイン会に足を運んでくれたりした現役の東大生から今度大学でイベントやるんで出てもらえませんか、と依頼を受けたもの。俺の出番のひとつ前が彼の所属するバンドだったのでしばらく演奏を見るともなしに見ていたが最後の曲の終盤でベース担当の青年が自分のも含めてすべてのアンプのボリュームを勝手にフルテンにし、奇声をあげながら地面に倒れこんで曲が終わってもなお奇声をあげ続けていてとてもよかった。そうなのよ。バンドってそういうことなのよ(ちがう)。俺も大学時代はぜんぜん演奏なんかしないで漏電してるケーブル触って感電するとかそんなことばっかやってたなあと思い出す。漫画みたいに骨が透けて髪チリチリになったりするかなと思ったが実際の感電って地味すぎてフロアに全然伝わらなかったので感電はやめた。感電は100%スベります。今日はこれだけ覚えて帰ってください。そういえばイベントに誘ってくれた学生(ハンドルネーム・東大法学部ニキ←傲慢な名前だな)は読んで字の如く法学部の在籍だということで、サイン会などの短いやり取りの中で「法学部かあ、じゃあ俺が事件起こしたら弁護してなぁ~w」などと軽口を叩いていたのだが、彼は法曹ではなく政治の方面(?)に進むつもりらしく、頭のいい人たちは若いうちからみんな目標意識があってすごいなあと思ったし、俺自身、小さいころの将来の夢が法曹であったことや、そのきっかけが近所のオッサンに「お前はホンマ屁理屈ばっかやな。将来は弁護士にでもなったらええワ!」と嫌味を言われ、幼かった俺が弁護士って何?と尋ねると「悪い奴らの味方のことヤ!」と冗談を飛ばされて悪い奴の味方ってカッケー!!と思ったからであることなどは恥ずかしくて現場では言えなかったのでここに書いておく。しかも勉強が嫌すぎてめっちゃ早めに諦めた。追えよ。夢を。バカが。ともあれ自分の本番では自らの学生時代の失敗談なんかを交えながら7,8曲歌って、それなりにウケたんじゃないかと思うがまあウケようとウケまいと俺は俺のやれることしかできないっす。さーせん←こんな態度のやつを温かく迎え入れてくれてありがとう。楽しかった。
諸々が終わりショウタロウと帰路についていると明大前の駅前一帯で盆踊り大会が開催されており、疲労はピークだったが仕方ないから踊っとくか(何が?)、と輪に加わって踊っていたら会場で焼きそばを焼いていたスタッフの青年にヤマトさんですよね?と声をかけられ、お前も入れ!と無理やり引き入れ一緒に踊ってみたりする。青年の踊りがヘタすぎたので「お前やる気あんのか!?こうやるんだよ!!」とかいちいち説教しながら踊っていたがあとでショウタロウが撮影していた動画を見たら普通に俺もヘタだった。なんつーかヘタなやつが言う台詞でもなければ、見知らぬ青年に「こうやるんだよ!!」とか説教してた俺が言う台詞でもないが、とはいえやっぱり歌にも踊りにも、はたまた生き方ひとつとっても、正解なんてどこにもないよ(後出しジャンケンすぎる)。とにかくまあ、あるとしたらせいぜい売れそーなもんとか、ウケそーなもんとか、褒められそーなもんみたいな、そういうつまらんものが転がってるだけで、考えれば考えるほどやっぱり俺はもっと、根本的にワケのわからんようなものにしか用がない気がしてくるのだった。それはつまり、何かやらかした人間をみんなで一斉に叩くことでも、流行りの店に行列を作ることでも、皆で同じ振り付けを踊ることでもなく、全員がこの世界を正しく誤解し、世界にもっともっとわけのわからない係数をたくさんかけて、誰も、何の下にもひとつにならぬまま、めまいがするような多様性の洪水に漂う光景を夢想することだ。誰よりもヘタクソな俺がこうして恥ずかしげもなく踊ってんだから、どうかお前のヘタな踊りも見せてくれ。振り付け?お手本?そんなもんはない。あるいは、もし手本があるなら、それとはまったく別のことをやってくれ。俺はお前による、お前の考えた、お前だけの踊りが見たいんだ────もしこんな俺が不遜にもこの時代に期待することがあるとしたら、たったひとつ、わずかそれくらいかもしれない。
