この五月はめずらしくおっきめのフェス出演が五本もあった。ステージはだいたい一番ちっちゃいとこか二番目にちっちゃいとこ、もしくはなんと念願の三番目にちっちゃいとこだったがまぁ祭りに上座も下座もない。祭りの主役はいつだって一番楽しんだやつなのだから。近頃は毎週のようにどこかしらで大小さまざまなフェスが開催されているが俺が大学の軽音部に入った頃はフェスという文化そのものがうるさ方のミュージック・ラバーたちからしょっちゅう槍玉にあげられていて、俺たち楽曲派(笑)ないし理想派(核爆)の青年らも多分に漏れず、埃臭い部室の片隅で開放弦を駆使したマイナーコードを爪弾きつつ「4つ打ちならナンでもいいのかよ……」「メロコアってさぁ、全部同じ曲じゃね……?」などと同時代の音楽シーンに対する一家言をぶつくさと開陳していたものだ。とはいえ文化系ダイガクセーが部室棟に漂うモラトリアムな空気の中で仲間とゲージュツ論(ロン!w)についてくだを巻くこと自体を悪く言うつもりはないし、そんなものは最終的に社会に出て現実を知り姿勢を正せば“まだ間に合う”ものの、俺はそんな部室で組んだパンクバンドがたまたま卒業後も続いてしまったので予後が悪く、PK shampooを始めた当初で言うとたとえば期待の新人!みたいな形で大型フェスに誘われても俺は出たくないだの何だのと駄々をこねては周囲を困らせたり、テレビ番組で今年はこのバンドがバズる!とか何とか騒がれたことに反発してその年に一曲も新曲をリリースしなかったり、ライブを見にきた初対面のメジャーレーベルのおっさんの頭をしばいて追い返したりしていた。今考えるとなんでそんなことをしていたんだとほとほと呆れ返るが、今にして思えば単純に怖かったんだと思う。というか今だって怖い。大勢の人前に立つことが。なにも緊張するとかしないとかそんなくちばしの黄色い話ではなく、どんなに平常心であろうと、あるいはどれだけ自分の表現に自信があろうと、人前に立つということの恐ろしさとその業報について考えることをやめたらおしまいだと思う。別に恐ろしさを知覚しているぶんだけ他の人より責任感ある倫理的な男ですなどと傲慢を言うわけじゃない。怖い怖いといつまでもその場に立ちすくむ男の姿には思慮や自制よりむしろ臆病という言葉が似合いだろう。“勇気とは怖さを知り、その恐怖を我がものとすること”……ジョジョのセリフ引用するみたいなベタなことって今コンプラ的にダメなんでしたっけ?ともあれ最近は何事も素直にジブンやります!と言えるようになってきた。恐怖よ、共に歩まん。フェス出して〜!!マスメディア、特集して〜!!!!なんでもやります。普通にうんことかも触る。もちろん積極的に触りたいとかではないけど、でもどうしても触れと言われたら触る。なんで俺がうんこ触らなあかんねん。こういう非効率な慣習が残ってる限り日本の音楽業界に先はないと思う。でもまあ触れと言うなら触ります。やらせてください。持ってきてください。うんこを。うんこどこですか?うんこ。なんで俺がうんこ探さなあかんねん。うんこはそっちで準備してください。何卒よろしくお願い致します。
───俺の父方の祖父は居酒屋で切腹して死んだらしい。なんでも同席していた友人たちから自身のエピソードトークの“盛り方”をなじられ、「そんなに嘘や嘘や言うなら俺のホンマモンの腹ン中見せたらあ!」と泥酔状態で厨房に入っていって包丁で腹をかっさばき、救急搬送されたが結局腹膜炎で死んだとかなんとか……店に迷惑すぎるだろうがとは思うが文字通り死をもって償っているので許してやってほしい。まあ毎日毎日批判だ炎上だ誹謗に中傷だとギャーギャーうるさい現代社会において、“やかましわ、黙って腹ン中見せたらあ/見せんかい”と思ったりする夜がないではないが、しかし実際に自分の本当のところを世間にさらけ出す必要なんてどこにもない。それは死んでしまうからでも店に迷惑だからでもなく、別に嘘でもタテマエでもそっちの方が役に立ったり美しかったりすればそれで構わないからだし、なにより腹の中から実際に出てくるようないわゆる“ホンモノ”の血や肉や臓器は醜く、臭く、しかもつまらないからだ。夜空に輝く星だって遠きにありて思うから美しいのであって、たとえば水星などは大気がないせいで昼450℃、夜-180℃の寒暖差があるという。つまり夜の便で到着してから“アレッ暑いって聞いてたけどやっぱりもう一枚持ってきたらよかったな〜”では済まされないということだ。水星にユニクロはないからである。これまで我々は楽曲の中で、星になるのだ、星になるのだと散々宣言してきたが、これは別に本物の土星や火星や小惑星やなんかになりたいと言っているわけではない(あたりまえじゃ)。じゃあ音楽や芸能界におけるいわゆる“スター”になりたいのか?というのもやっぱりちょっと違う気がする。ちょっと道を歩くだけで皆が振り向き街を歩いてもテレビの電源を入れても常に自分の歌声が聞こえてくるなんて考えただけで頭がおかしくなりそうだ(杞憂)。じゃあ俺にとっての“星になる”って一体何を指してるんだろうか、と改めて考え直した結果出てきたのが今回E.Pのタイトルにもなった尊い偽星(とうといぎせい)という言葉だった。だった、と言われましても……という皆様の顔が目に浮かぶが、それはたとえば、“本物に及ばない”、という趣意の“偽物”があるならば、その反対の地平に、もしかして星よりも大きく星よりも遠く星よりも輝き星よりも危険な偽物だってどこかにあるだろうか、といった問いを表号する言葉であるかもしれない───キャベツ太郎はキャベツの味こそしないが、食べる人間とタイミングによってはキャベツそのものより美味いことだってあるだろう。本物のキャベツなんて、“キャベツじゃないモノ”に比べれば、所詮キャベツでしかないのだから───そんな取り留めのないことを考えるようになったから、というわけでもないが、俺は祖父と違って酒の席でのエピソードトークがどんなにスベっても、あるいはウソつき呼ばわりされようとも勢い勇んで厨房に走ったりはせず、その場で「ホンマモンのチンチン見せたらあ!」と全裸になることで事なきを得ている。これまで俺を出禁にした居酒屋の方々は俺の出禁を解除するようお願い申し上げます。どんどん行動範囲が狭まってきており困っている次第です。俺は悪くない!俺はスターなんだ!本当だ!本当に本物の、偽物の星なんだ!───いやはや、こんな具合で、未だに自分が何になりたいのかすらイマイチわからん体たらくである以上、この先の道のりもまだまだ長そうだし、タバコのタール、軽めのやつにしとこうかな、くらいのことを、ぼんやり考えたりもする。すべての出発にためらいはつきものだし、目的地すらあやふやなまま走り出すなんて馬鹿げてると自分でも思うが、とにかく俺はこの曲たちと、そしてこのバンドと一緒に、二度と戻れないところまで行ってみようと思う。嘘だと思うなら戻ってみろよ。戻れねーから。夏のライブハウスで待ってる。毎日すこしずつ熱を帯びていく五月の風が君を連れ去る。
還らざる光/PK shampoo
